平成も終わってしまうので、今日までに使ってきた携帯電話の中から特に思い出深い機種、気に入っていた機種を10機種セレクトしてご紹介。
筆者が初めて携帯電話を手に入れたのは平成14年の夏。中学3年生の夏休みに入ってすぐでした。
「部活のみんなが持っている」という、ありがちな親へのおねだりが買ってもらうキッカケだったと記憶しています。
なので「iモードってすげー」とか「折りたたみがカッコイイ」みたいな時代は経験していませんし「昔々、1.5GHz帯でしか使えない代わりに、movaよりも月々安いシティフォンがあってじゃな…」と言われても「知ってはいるけど経験していない」ので、今回挙げていく機種も「僕が使ってきた中で気に入っているもの、思い出深いもの」となる点はご理解頂ければと。
余談ですが、シティフォンのサービス終了時には携帯電話販売に関わっていたので、そのマイグレーション手続きは結構受け付けました。
J-N05
最初に買ってもらったのは「J-SA04」でしたが、自分でこの機種が欲しい!となって買ったのは「J-N05」が最初。
当時爆発的人気を誇ったNTTドコモの「N503i」あたりのJ-PHONE向けモデルとも言えるのが、J-N05です。
親が東京デジタルホン時代からのJ-PHONEユーザーだったので、必然的に僕もJ-PHONEユーザーとなり、周りのNTTドコモのNユーザーが羨ましく、そんな中で「新規1円」だったので買ったんですよね、これ。
ちなみに購入したのは今は亡き「さくらや」というのも、時代を感じるエピソードになるかもしれません。
J-N05が当時画期的だったのはキーバックライトの色を変更できること。
その後数年経って、色々なメーカーからキーバックライトもイルミネーション機能のひとつとして変更できる機種が多くラインナップされたり、携帯電話を分解してバックライトのLEDを好きな色に交換するサービスなんてものも流行っていたりもしましたが、2002年当時に標準機能として備えていたのはJ-N05だけでした。
J-N51
またしてもJ-PHONEの「N」ですね。
これはJ-N05から買い替えたんですが、唯一「普通に1年以上使った機種」だったりします。
僕にとっては初めての「パケット対応機」がこのJ-N51。
通信速度も9.6Kbpsから32Kbpsに高速化して、写メを送るのにかかる時間が短くなって感動した記憶があります。
なお「1パケット=0.3円」で「1パケットは128byte」なので「全角64文字までのメールなら0.3円!今までの1/10!(J-PHONEのPDC・回線交換方式はメール1通3円でした)」なんて喜んだりしてましたが、実際にはメールにはヘッダー情報等が含まれるので、1通あたりの送信料ってそれまでの一律3円と変わらないんですよね。むしろ高くつく事の方が多かった気もします。
見事に「文字数」だけで考えて、初月にパケ死したのは良い想い出です。
機種としての特徴的な部分を挙げるとすれば、キー側のボディ素材にマグネシウム合金を採用していてJ-N05や同時期の他機種よりも薄型化していること。
31万画素のCCDカメラは同梱されているマクロレンズをマグネットで貼り付けてマクロ撮影が行えました。
同時期に発売された「J-SH53」(通称:便器)と比べると、カメラ画素数や外部メモリーカード、オーディオプレイヤー機能の有無でも見劣りしますし、他社に目を向けるとNTTドコモ向けの「N」である「N505i」はステレオスピーカーに2.4インチディスプレイ搭載など、やはり見劣りする部分も多くあるのですが、必要な機能・性能がきれいにまとまっていて、だからこそ1年使えた(厳密には13ヶ月)いい機種でした。
V601T
初めて「使っている電話番号をそのまま機種変更」を行ったのがV601Tでした。
J-SA04→J-N05→J-N51は全部解約新規(当時は新規1円の時代)だったので。
僕にとってはこれが最初の「着うた対応ケータイ」でした。
この当時、すでにNTTドコモはFOMAが「900i」シリーズ、auも「CDMA 2000X、ないしはCDMA 1X WIN」として3Gサービスを展開している中、3Gサービスのスタートが遅れているVodafoneは「2G(PDC) パケット対応機で着うたが利用できる」という、中々キチった仕様だったんですよね。
最初にダウンロードした着うたは「Fly me to the Sky/angela」でした。丁度、ファフナーが放送されていた頃だったしね。
背面中央部に大型のスピーカーが搭載されているのも、着うたの視聴のためだったのは言うまでもなく、このあたりに時代を感じます。
また、外部メモリはSDカード(miniでもmicroでもなく)に対応していて、携帯動画変換君で変換したアニメをSDカードに放り込んで、休み時間や通学中に見る、なんて使い方もできました。
この頃、アキバでSDカードを買うと安い!ということを知った気がします。
あと、V601Tに搭載された「くーまんの部屋」にもハマってました。
2GのVodafone端末は「近くの基地局情報」を元に現在地を判定する「ステーション」って機能があったんですが、くーまんの部屋は現在地に応じてくーまんの記念撮影の背景が、その土地の観光地・名所になるなんて仕組みがありまして。
「何が出るかな?」と楽しみにしながら、あちこちに出かけた記憶があります。
Vodafone 802N
そして僕にとって最初の3G対応ケータイが「Vodafone 802N」です。
Vodafoneの3Gケータイといえば「Vodafone Global Standard(VGS)」の嫌な思い出がいっぱい蘇ってきます。
もちろん
・今までよりも通信が速くなった(着うたのダウンロードが速い!)
・パケ代が2Gより安い、さらに割引(ハッピーパケット)でおトク!
なんていうメリットもありました。
が、正直なことを言えばそれまで使っていたV601Tと比べて使い勝手が悪い部分は多くありましたし、J-N51などの「N」に期待して買ったら「全く別モノだった」など、ネガティブな部分で「印象深い機種」だったのは間違いありません。
ついでを言えば、機種だけでなくネットワークもとにかく不安定で。エリアが狭くて繋がらないは当たり前でしたが、障害で数時間使えず、友達と待ち合わせが行えないなんてこともありました。
いや、マジでこのタイミングで九州からネッ友遊びに来ててアキバで待ち合わせなのに繋がらなくて大変だったんだって。
SO905iCS
ちょっと飛んで2008年(平成20年)。
つまり僕が二十歳になった年に、初めて「親権者同意書」なしに契約したのがSO905iCSでした。
もっと言うと「携帯電話の販売現場に立って、最初の新製品」がSO905iCSでした。
905iシリーズ自体は2007年11月に発表、同月末から全10機種のうち、7機種が一斉発売になったのですが、僕の本命はSO905iCSだったんですよね。なので、繋ぎとしてD905i→N905iμと買って、発売直後に成人するので「最初に自分だけで買うケータイはコレにする」と決めて買った思い出深い1台です。
今でこそ「光学2杯ズーム相当のレンズを搭載」なんてスマホも多く出てきていますが、1台のカメラで光学3倍相当までズームが行えるカメラを搭載した機種は2006年末発売の「SoftBank 910SH」以来、SO905iCSが2機種目だったと記憶しています。
また、Cyber-Shotを冠したケータイはSO905iCSが初でしたし、mixi等の「画像投稿用アドレス」を事前に設定しておくと、撮影後にSNS投稿が簡単に行えるといった、今のスマホのSNSへの画像投稿に近しい利用の仕方ができたのも革新的でした。
サンシャイン牧場が燃えるまではmixi廃人だったよね、みんな。
SoftBank 922SH – インターネットマシン
W-ZERO3よりもQWERTYキーボード搭載の携帯電話としては僕の中で活用した頻度が多かったのはこちら。
同時期に「WILLCOM 03」も買ってますが、すでにPCでもEMOBILEがサービスインをしていて、ケータイもHSDPAな時代に突入していて「通信が遅い」ことが大きなストレスになっていたのであまり使わなかったんですよね。
正直周りからは「え、それ買うの」みたいな感じで、だいぶ引き留められました。
でも、欲しかったから買ったし、PCに慣れている僕からすればQWERTYキーで文字を打つのはかなりスムーズだったし、メールも爆速で返せていたので買って正解だった1台です。
通話もイキってBluetoothヘッドセットを初めて買ったのもインターネットマシンでは通話がしづらかったから。しかもMotorolaのH680を組み合わせるあたりにイキリ感があります。
ちなみに使わなくなった理由も単純で「片手でメールが打てないから」とか「デコメが使いづらいから」とか「iPhone 3Gを買ったから」だったはず。
この頃の、特にSoftBank向けのシャープ端末は
・オンライントレード(株)が行える「株ケータイ 920SH YK」
・スマホ風の見た目の「FULLFACE 2 921SH」
・サイクロイド式では全部載せ!の「AQUOSケータイ 923SH」
などなど、ガラパゴスの極みではあるんですが、とにかくおもしろい機種が揃ってました(全部買った)
X-RAY
またしてもちょっと時間が飛びます。今度は2010年。
期間が飛ぶ理由として「携帯電話販売に関わっていると、安く買える機会も多くてついつい買い替えてしまうから」で、もちろん1台1台にちゃんと気に入っていた理由も言えるんですけど「10台」の中で紹介しようと思うと次に挙げるのは「X-RAY」かなぁ…と。
正直、使い勝手の話になるとデザイン重視で
・折りたたんだ状態から開けづらい
・キーがフラットで押しづらい
・Wi-Fi WIN非対応
など、色々不満もあったんですが「かっこいい」の一言でここは全部許してしまいたい、そんなケータイがX-RAYでした。
au Design ProjectだとINFOBARも好きですし、G9はかなりヘビーに愛用してました。
MEDIA SKINは限定色のpastel blueも買いました。
んでも、どれが一番好きかと聞かれたら、男子のロマン「スケルトン」なX-RAYを挙げたいわけです。
Xperia A SO-04E
またもやだいぶ飛びますが、スマートフォンが主流になった後で最初に「気に入った」とか「しっくりきた」のがXperia A SO-04E。
この時期に使っていた・持ち歩いていたスマホは「iPhone 5」と「Xperia Z」or「HTC J Butterfly」だったはず。
AndroidはどちらもフルHDディスプレイ搭載機種でキレイだったんですが、当時のチップセットの「Snapdragon S4 Pro」には少し荷が重く、Xperia Aは解像度がHDに落ちるかわりに動きがサクサクだったんですよね。
別にスマホで頻繁に動画を見るわけでもなく、そもそも当時はストリーミングサービスも高画質=HDが主流だったことも相まって、Xperia Aの方が快適じゃん!と。
本体カラーのMintも一目惚れした理由のひとつですし、バッテリー交換が可能やサイズ感が丁度よかったことなど、気に入る理由は多々あって、今でも時々立ち上げてはアプリの更新だけは行っている1台でもあります。
iPhone 5s
iPhoneはどれも思い出深いケータイなんですが、一番気に入って使っていたのはiPhone 5s。
仕事で言えば「死ぬほど売ったスマホ」なので嫌でも思い出として刻まれているのもありますが、ユーザー視点で言えば「使いやすい指紋認証」や「刷新された(フラットデザインに改められた)UI」などなど、やっぱり記憶に残る変化を感じられた一台なのは間違いありません。
あと、見た目の話だと、iPhone 5sのスペースグレイが好きです。
iPhone 6以降のスペースグレイは薄くてあまり好きじゃなく、iPad Pro(2018)とかMacBook Proのスペースグレイは濃くてカッコイイので推せます。
Galaxy Note9
10台目として挙げるのは、今、メインで使っている「Galaxy Note9 SC-01L」を。
平成から令和、改元を共に迎えるメインのケータイはコイツになりました。
なんだろう、これといって不満がない、本当に優等生です。
買って半年が経ちましたが、ちゃんと一年使えそうです。もっと言えば一年以上使う可能性も高いくらい。
どのへんに満足しているか、という話は以下の記事に色々書いているので、そっちを読んでもらった方がわかりやすいはず。
初代のGalaxy Noteが出た当時、友人(かつお客様)らが皆使っていて、僕も乗じて使ってみるとしっくりこなくて。
それでも「Galaxy Noteを活用できたらなぁ…」と考える場面はずっとあって、Galaxy Note8をサブに使ってみた1年で「これ、メインに使ったら絶対に便利だ」と確信が持てたのでメインに据えました。
結果的には本当に満足しています。
初めて自分用の携帯電話を持って間もなく17年。ここまでに何台の携帯電話を使ってきたのかは正直わかりません。
メイン端末に据えた機種については、買い替えの度に以下のnoteに書き足しているのですが、それも相当な機種数になってきました。
このブログに登場しているものの、このnoteに書かれていない機種もありますし、もちろんTwitter等に「買った!使ってる!」的な紹介を何度かした機種のような「サブ」扱いの機種も含めると300機種か、それ以上は使っているはず。
その中から「自分にとって、思い出深い10台」を絞り込むのは中々に苦労しました。
思い返すと、幼少の頃に祖母が自動車電話(ショルダーホン)を使っていたり、親戚の集まりで携帯電話があれば便利なのにね、なんて親同士の会話を聞いた覚えもあり、それが平成何年の話だったのかはわかりませんが、物心ついた頃には「携帯電話がある」世界に生きてきたわけです。
平成は携帯電話やインターネットの普及で様々なことが変わりました。いや、多分変わったのでしょう。僕は昭和生まれですが、物心ついた頃には平成だったので、それらのない時代のことはイマイチわかりません。
ゲームだって、ゲームボーイを「通信ケーブルで繋ぐ」ことで楽しみの広がるポケモンからのめりこんだような世代です。
通信で繋がって何か得られる、そういう時代に生きてきたわけです。
通信することで楽しくなること、便利になること、世界が広がることが当たり前になった平成という時代も残すところ数時間。
それらを「当たり前」のものとして受け取って育った僕にとって携帯電話もインターネットも、もっと端的には「通信」がなくなることは考えられません。
だからこそ、来る令和の時代も、この手の平サイズの端末たちから、世界が広がっていくことを切に願います。