20th

WWWに自前のほめぱげ(homepage)を公開して20年が経ちました。

……ほめぱげって言い方も、すっかり廃れましたね。

最初に自前のWebサイトを開設したのが2002年5月30日。
今日は2022年5月30日なので今日から21年目です。

Webサイトを作ろうと思ったキッカケ

Webサイトを自分で作って公開しようと思ったキッカケは2つ。

1つめは「行きつけのゲーム攻略サイト」が楽しかったから。
自分も何かWeb上でそのサイトのように好きなことを発信したり、同じ好き同士で集まる場所を作ることができたら、どれだけ楽しいだろうか……と考えたから。

2つめは「先生にぎゃふんと言わせたかった」から。
学校の授業で「ホームページを作成をしよう」というカリキュラムがあり、その担当教員があまり好きじゃなかったんですよね。
所属している部活の顧問でもあったので、部活動以外でもなんか見返してやろう!という、反骨精神でした。

当時のWebサイト製作環境

当時既に「Yahoo!ジオシティーズ」を始め、簡単にWebサイトを作成できるサービスは存在していましたが、それらを知るより前に「HTMLが書けないといけない」と教えられていたので、最初に公開したときからHTMLをメモ帳直書きでした。

最初のWebサイト制作の環境は主にノートPC。
Windows 98がプリインストールされたCeleron 333MHz搭載のモバイルノートで、父方の叔父からのお下がりでした。
叔父は週間アスキーを毎週買っているようなギークだったので、お下がりといえどRAMは64MBまで増やしてあったりと、当時HTMLを書くだけなら十分なスペックでした。

他の製作の環境は中学校のコンピューター室。
修学旅行など3年生の行事で利用することも多く、適当な係や委員会の活動といえば放課後に部活をサボってパソコン部の活動に交じり、自由にパソコンを利用することができたので。
自宅のノートPCとのデータのやりとりはフロッピーディスク。まだUSBフラッシュメモリなんてものはなかった時代でしたし、画像までコミコミにしても1.44MBに収まるサイズだったので。

また、当時自宅のインターネット環境はダイヤルアップで、父親が仕事でヤフオクに出品・取引のやりとりのためにしか使えない状況だったので、ネットが必要なときは中学校のコンピューター室か叔父の仕事場(叔父の自宅に事務所があった)で調べことをしながら少しずつ自分のWebサイト製作を進めていきました。

HTML本片手に学び始めたのは確か中3の4月に入ってから。
公開が5月30日なので1ヶ月半くらいである程度HTMLを習得し、カタチにしてWebサイトを公開したのは当時としては結構スゴかったんじゃないでしょうか。

「サーバーって、なに?」

今となってはおかしな話ですが、作ったWebサイトを公開するにはWebサーバー上に製作したものを設置する必要がありますが、そのサーバーをどうしたらいいかさっぱりわかりませんでした。

とりあえず「いつも見ているサイトのサーバーを調べよう」という発想で、無料や有料、色々なレンタルサーバーがあることを学び、その上で選んだのが「Infoseek」がかつて提供していたレンタルサーバーサービス「isweb」でした。

「中学生だけで登録しても大丈夫なのかな……?」と心配になったのもいい思い出です。

結局Microsoftが提供する無償メールサービス「Hotmail」でメールアドレスを取得し、叔父に相談しながらiswebの申込を行いました。
このとき、FTPソフトの使い方も教えてもらい公開の準備は完了です。

遂に公開

Webサイトとして公開したいものは揃いました。

コンテンツもWebサーバーも、もしかしたら問い合わせがくるかも!?とHotmailでWebサイト用のアドレスも用意しました。
当時ハマっていたアニメ・原作者のファンサイトとして作ったので、そのジャンルのサイトの掲示板で知り合った人にトップ絵も描いてもらいました。
(描いてくれた方は今や商業誌で連載を持っている漫画家さんになっているのだから、継続ってすごいですよね)

さぁ、遂に公開です。
これもおかしな話というか「自宅でネットが使えない」ので、中学校のコンピューター室から行いました。
いつも授業で自分が使うことになるパソコンにFFFTPをインストールし、そこにiswebへの接続情報を入れ、自宅から持ってきた「今日公開するぞ」とfixしたWebサイトのデータの入ったフロッピーディスクからデータをアップして……。

確か、外が少し暗くなってきた頃に公開した記憶があるので、18時過ぎだったかな。
「いい加減帰れよ」と見回りの先生に釘を刺されるような時間帯だったはず。

入り浸っていたサイトの掲示版に「ホームページ、公開しました!ぜひ見に来てください」みたいな書込をしたのも覚えています。

しかし自宅に自分の使えるネット環境はないので「公開した後にどうなったか」はすぐにわかりません。

「アクセスカウンター、どのくらいまわってるかな」「掲示版に誰か書き込んでくれてるかな」
……そんなことを考えていたらその日の晩はあまり眠れませんでした。

公開後

公開した後ですが、正直そんなに見られるサイトにはなりませんでした(笑)

理由は色々考えられますが、ゲームの攻略は先駆者のサイトがたくさんありましたし、イラストは自分で描けないので「自分のサイトの強み」があまりなかったことにあるかなと。

それでも掲示版に誰か書き込んでくれるのは嬉しかったですし、同年代で自分のサイトを持っている人は僅かだったので、公開をキッカケによりネット上に親密になった友人、または戦友のような人もいます。

結局「ハマっているもの」のコンテンツ的な鮮度もあり、それこそ放送が終わった・連載が終わった等の理由から、次にハマったものも扱えるサイトに方針を転換したり、それ以外に興味関心を持ったものを扱うサイトに軸を移したり……と、紆余曲折あって今のカタチに落ち着いています。

Webサイトを公開した結果、人生が変わった

ちょっと大袈裟かもしれませんが、事実っちゃ事実なので。

中学3年生、受験を目前に自前のWebサイトを公開したことで、受験勉強よりもHTMLやCGI(Perl)などの勉強に熱心になってしまい、成績がガクッと下がりました。

それでも進学校にはすれすれ行けるくらいだったんですが、やりたいこととして「IT系の仕事をしたい」と考えるようになり、資格取得など更に先の進路に有利な情報技術科のある学校への進学を決めました。

その後はOSSを中心にWebサービスを開発・提供するような企業に勤めたこともありましたし、Webサイトを続けていたことでできた繋がりから、色々とおもしろい経験をさせてもらうこともありました。

発信する楽しさは今も昔も変わらず、自分の好きなものを他の人にも知ってほしい気持ちから「好き」を教えてくれたWebメディアに記事を寄稿させてもらえるようにもなりました。

20年前、自分のWebサイトを公開していなければきっとこのブログも、今の人生もなかったでしょう。

SNSや動画がインターネットのコンテンツの中心にある昨今、いつまで「ブログ」や「テキスト」での発信に需要があるかはわかりませんし、もしかするとこのサイトも数年先に閉鎖か、時流にのった次の発信のカタチに変わっていく可能性もありますが、次の30周年やもっと先まで、自分の好きを発信し続けたいと思うのでした。

#なお、多忙につき20周年企画の準備は何もできませんでした。

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