音楽のある日々

30DaySongChallengeをぶっ飛ばしてしまったことはかなり悲しいのだけど、それでもなるべく自分の好きな音楽については定期的に書いていきたい。

そういえば、先週の今頃は「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2020」の中止に酷く凹み、何もしたくない…とぼやいていた気がする。

その1週間くらい前はオンライン飲みをしながら、ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2019の映像を見つつ「中止になりませんように!!」と言っていたりもしたので、まぁなんともいやはや、ああ無情。

「FUJI ROCKも中止になる」なんて先走った報道もあったし「RISING SUN」も中止になったし、今夏の野外フェスはどれも絶望的な状態。年間を通して、ここに全力で音楽を楽しみに行っている気がしないでもない僕は、割と気持ちのやり場を失っている。

もちろん、他にも3月末くらいからスタートするツアーのチケットもどんどん紙切れになっていくし、返金されてきたお金が臨時収入のような気にもなったりするんだけど、次に「大好きな音楽を生で聴く」のはいつになることやら。

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「生の音楽」とはなんぞ

今し方「大好きな音楽を生で聴く」と書いた直後に疑問に思ったのが「生の音楽」とはなんぞやということ。

だいたいのライブは、ギターのピックアップが拾った音をエフェクターで弄ってアンプを通して鳴らした音で、ピックが弦を弾いた音をそのまま聴いているわけではない。
もし、ピックが弦を弾いた音を「生」とするなら、すでにライブでアンプを通した音、アレイスピーカーを介して爆音で鳴り響く音は調理済みであり、生ではないのかもしれない。

次に考えたのが「音」ではなく「場」で考えた場合。
野外でもライブハウスでも、僕から数メートル先、いやチケ番次第で数十数百メートル先かもしれないが「場」に演奏者がいて、それを聴いているのを「生の音楽」と定義するのかもしれない。
けれど、数十~数百メートル先の演者を肉眼で見るのは難しく「そこで弾いて歌っている」ことはわかっていても、実際にはステージに設けられた大型ビジョンの映像を見ていることも珍しくはない。
そうなると「場」において、ステージに立つ演者その人を見ることが「生の音楽」の絶対かと考えると、それも絶対ではなさそうだ。

そんな風に「生の音楽」について考えていくと、それは「時間」なのかなと。

時間を共有する「配信」

そんなわけで生の音楽について考えていった先に行き着いた「時間」という概念。

コロナ禍の中、多くのミュージシャンはライブハウスや野外ステージの代わりに、広大なインターネットというフィールドを新しいライブハウスとしライブ演奏を行い配信をしている。

もちろん、そこには「ディスプレイ」という壁がある。
けれど「音」で考えれば、それはライブ会場で色々な機械を通してスピーカーから鳴らす音を聴くのも、配信で自分の手元のスピーカーから鳴る音も、それは「今、弾いている人の音」を聴いているのだから、これは生の音楽かもしれない。

数メートルや数百メートルではない、数十キロメートル離れているけれど「今」をモニターに映して見ているという意味では、これも生の音楽といえるのでは。

つまり、音や場も大事かもしれないが、ライブというのは「今」という「時間」を共有し、音楽を聴けることが生の音楽なんだろう。
もちろん「ライブ感」や「グルーヴ感」という、隣にいる誰か、目の前にいる誰か、後ろにいる誰か、そういう誰かとの距離感は足りないのだけど。

足りない部分は「xR」

ちょっと脱線するけど、その「足りない」を「足りる」にしてくれるのは、きっと「AR」とか「VR」とか「MR」とか「xR」の分野なんだろう。

昨年、FUJI ROCKの会場ではSoftBankが5Gを使ったVRで、離れたステージの様子を「その場にいるように感じられる(かも)」というデモンストレーションを行っていた。

音と映像、距離感はxRで補えるし、あとは足りないのは温度や匂いだろうか。でも、これも映画の4DXのような残りの五感にリーチさせるコンテンツは存在しているし、例えばモッシュの「圧」のようなものも、映像にリンクして身体に刺激を与えるようなボディスーツなんかも存在しているのだから、もしかすると本当に将来のライブは、リアルタイム配信をxRで楽しむものになるのかもしれない。

それこそ、昔々に見た「デモリッションマン」とか、映画の中で描かれる近未来のセックスがバーチャルなもののように、リアル体験は通信とデバイスの進化と融合で補うような世界が来る日も遠くないのかも。

音楽のある日々

僕はライブに行くのが好きだ。フェスに行くのが好きだ。

だけど、今はライブがないし、ライブハウスも開いていない、フェスも実施も難しい。

けれど「音楽」を僕らは求めているし、バンド、ミュージシャン、アーティスト、まぁ色んな呼び名があるけれど、彼らも「音楽」を届けようとしてくれている。

「配信」という新しいライブハウスで流れる音楽を「生じゃない」なんて考えは勿体ない。
“新しいライブハウス”でしかできない今までにないライブを楽しんでいけば、こんなコロナ禍の中でも音楽のある日々を過ごすことができるんだ、そう思って新しい日常と、今までの日常が混ざり合って、もっと違う日常を楽しめる日が来ることを願う毎日だ。

【19holiday】~リベンジ編~vol.1

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